2008年11月25日火曜日

想像



物事はほんの少しの見える部分と
多くの見えない部分から成り立っている

親しい友人や家族であっても
実は相手のほとんどの部分を知らないものなのだ

自分が見ているのは
相手のほんの一部分にしか過ぎない

その人がかかわってきた
人間関係や親子関係のことも
実際はよくわかっていない

目の前にいる人は我々の全く知らない
多くの関係や経験を経て存在しているのだ

自分自身に置き換えても同じことがいえる

どんなに親しい関係の人でさえも
自分自身の全ては知らないはずだ

ある一側面だけをもって
人を判断してしまうような人は
違う側面を見せられた途端驚いてしまう・・

怒りだす人すらいる

こうした人は少しでも自分が描いた状態とは
異なった結果になると我慢できないようだ

目に見えない部分をどこまで想像しようとするのか

人間関係において
相手が置かれている状況を想像できる度合いは
そのまま思いやりの度合いにつながってゆく


仮に目の前にりんごあったとする
そのりんごは寒い雪国で育ち
栽培者の血のにじむような作業によって
できあがったものだ

しかしスーパーに置いてあるりんごを見ていても
赤くて丸いという以外何もわからない

何事も自分が見ているのはほんの一部で
物事は目に見えていない多くの事柄から
成り立っているのだ

このことが少しでも頭に入れば
おのずと謙虚な気持ちが芽生えてくる

大切なのは想像力ということになるのではないか
   
  

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